もちもちたいむびより

日々の出来事、思う事。

「○○は明日から」って言うのは体型じゃなくて、心がデブ。

仕事の関係上、自発的に資格を取る事にしたけど、申し込みまでに結構時間がかかった。

 

資格取得の案内が来て、受けようかと思ったけれど「資格を取っても何かが変わるわけでもないのに、お金と時間をかける必要性があるのか」という自分がいて、そこまで思っていてもどうしようかと悩んでる自分もいた。

 

勉強するのがめんどくさい。

受かるかどうかも分からないものにお金をかけたくない。

周りも持ってないし、義務じゃないし、別にいいやん。

・・・でも、これ取れたら、今より説得力のあるものが作れる「かもしれない」

 

「かもしれない」は「ないたい自分像」への可能性。だけどその可能性になんの保障もない。

「努力はいつか報われる」って言うけれど、本当に報われるか分からないし、本当に報われるなら誰しもが努力する。

なりたい自分というのは想像でしかないし、想像と現実の差が開いているほど、努力への不安も大きい。

そうやって努力をした結果、何も変わらず傷つく未来の自分がかわいそうで。何もしなくても不自由の無い同じ毎日を選んだほうが楽なのは分かりきっている。

 

「甘やかし」は「甘い菓子」だ。

食べれば食べるほど、心が太る。

太った心は、動きたくないから楽をしようとする。

そうでなくても人間は楽をしたい生き物だし。

 

 

沢山の言い分けの後ろで、恥ずかしそうに小さくなって「本当は資格欲しいです」っていう心がこっちを見ていた。

「ないたい自分像」への可能性を拾わなければ、なれる可能性は0パーセントのままだ。

痩せる努力をしなくて、痩せられるはずがない。

だから可能性を拾うことにした。

押し殺すのは未来への願望じゃない。失望の心だ。

 

急に洗い物が出た。「明日でいいか」

少しだけ仕事が残った「明日でいいか」

返事しないといけないけど「明日でいいか」

「明日でいいかは」心が太ってきているのかも。

 

習慣という脂肪が付く前に甘い菓子を食べないようにしたい。