もちもちたいむびより

日々の出来事、思う事。

友人に手紙を書こうと思った。

友人が対人関係で悩んでいる。

友人は「人のいい所を見つける」達人だ。「嫌いな人」というのは滅多にいないので、彼女が「嫌い」と言った場合は相手が相当おかしな人間だと私は思っている。

 

去年、その友人が職場のストレスで鬱になって退職した。退職する1年ほど前、一緒に食事をした時すでに原因となる人物の愚痴が凄く、それでも出来るだけ言葉を選んで話している友人の姿が痛ましかった。そんなこと今までなかったので驚いた記憶がまだ鮮明にある。悪玉人物は、一緒に働いた人の9割が鬱だったり原因不明の体調不良になって辞めていっていた、らしい。

体と心を休めた1年後、新しく仕事を見つけて新しい生活を送れるまで元気になった。が、また悩んでいる。

 

経験者にしかその痛みは分からない。経験して始めてその痛みを知ることが出来る。

友人が退職した1ヵ月後、長年の対人関係のストレスからドクターストップ。私自身も2ヶ月ほど休職した。私が休職する事を伝えた時に友人が退職した事を知った。類は友を呼ぶもんだ。

 

愛し合った人達ですら「性格、価値観の不一致」で契約を解消するのに職場関係の中で価値観が違う人と分かち合う事は不可能に近い。だからこそ自分の価値観を相手に求めてはいけなかった。

自分の価値観と人の価値観は違って当然だと理解出来ていなかった私は、相手との距離感を間違えて1人で勝手に爆発したのだと、今は思う。ギスギスして仕事をしたくない。良い物を作りたいという想いだったとしても、相手と分かち合えなければただの独りよがり。価値観の違う人と一緒に何かを成し遂げる事などナンセンス!

相手にするとは、一緒に何かを成し遂げる事。合わない人間と何かを成し遂げたいか?

良い物を作ろうと思うなら同じ気持ちの人と一緒に作らないと出来るはずがない。目指す先が同じなら気持ちをぶつけても絶対にやっていける。独りよがりなのは相手に伝わらないから。伝える相手を間違えているから。

 

誰だってやわらかいものに包まれたい。だから友人は全て受け止めてしまうのだろう。私が経験した中に友人の悩みの解決のヒントがある気がする。その言葉が見つかったら手紙を書いてみよう。

同時期に体調を崩して同じようなものを求めて、結果的に情熱を注げるものを見つけたと同時にありえないほどの逆恨みを受けることで情熱を手放しそうになりつつ、それでもめげずに密かに情熱を燃やし続けて現在ピンピンしている跳ねっ返りの強い私のエネルギーを、少しだけ分けてあげたい。

だけど答えを出すのは自分。這い上がるだけの力は自分で作らなければこの先も同じ。何かが見つかるのはもっと先かも知れないけれど、その時に飛べるだけのエネルギーは今から必要だと思うから。