もちもちたいむびより

日々の出来事、思う事。

血液型を全く当ててもらえないけど、血液型占いが好き。

血液型占いに何の根拠もないと言われても私は血液型占いを信じている。ジャンル分けされる事でダメな部分を容認されているような気がして安心できるし、ジャンル分けされた性格の「あるある!」を共感する事で取る事の出来るコミュニケーションがあるからだ。根拠がなくても分かち合える人がいるだけでいい。

なので血液型占いの本や取り扱い説明書類には手を出しまくっている私だが、他人からは血液型を全く当ててもらえない。

3番目まで言い終えて、残された血液型を知った人達は怪訝な顔をしながら「・・・え???」「見えない」「一番無いわ」などと辛らつな言葉を投げつけてくるので心の中では血の涙を流している。

心配性で胃が痛くなったり、アホみたいに作りこんだり、頼られたらNOと言えない私だが、自由人、おおらかだと言われている血液型に間違われる事がほどんどだ。

 

他人から見た自分と、自分から見た自分にはズレがある。自分の事は自分が一番見えてなくて、他人のほうが自分を理解している部分も多いからなのだろう。だが、最近私が人から言われた2つの言葉といえば、

「(一人暮らしをしてるけど)生活感が見えてこない。何をしているかさっぱりわからない」

「不倫してそう」

他人にも私が見えてなかった。秘密要因しかなかった。「秘密=私」そういう事らしい。

 

その2つの言われた言葉を実際の血液型らしく根に持った私は、社内でモテモテの後輩を捕まえて「不倫イメージの払拭をしたいと思う」「まずはメイクを変えるから一緒に考えて」などとしょーもない事を言ったものの、こじらせ女子でもある私は「明日からデーモン小暮になる」で話を着地させた。

「生活感が見えないらしい。もっと出していこうと思う。どうしたらいい?」と同僚に相談したら「ボロボロでヨレヨレの服でも着てこい」というアドバイスをくれた。

ボロボロでヨレヨレの服でデーモン小暮メイク。女としての世紀末が訪れそうな気がしてならない。しかも生活感出てない。不倫イメージは払拭出来てるかもしれないが秘密感は強烈になった。

 

血液型占いでジャンル分けされる性格以外の「個性」はジャンル分け出来ないし、他人から見えやすい場所にある。本で書かれているような「あるある!」は自分が知っている自分で、他人から見た自分は、自分が作りあげた「個性」なのだろう。個性を常に作り上げている姿を見続けている人達だからこそ、私よりも私の事を知っている。そう思ったら耳が痛くなるような言葉もしっかりと受け止めないといけないと思った。

 

血液型占いが好きだ。他人から当ててもらえない自分の血液型も、血液型以上に作り上げてしまった自分の個性も好きだ。