もちもちたいむびより

日々の出来事、思う事。

価値観が違うという事を分かってくれれば解決する話

右から左に流すどうでもいい些細な事って、気がつくと部屋の片隅にたまってて、掃除しないと気がすまない小さなホコリのような存在だと思う。本当にどうでもいいから口に出さなかったし、流していたけど、同じ事を思っていた友人が口火を切った事で言葉のダムが一気に放流した。
本当に塵が積もって山になってた。お茶のつもりで入ったお店がいつのまにか閉店だと言う。

コミュニケーションを取る時に、「物事の発生」があって、「それに似合った情報の提示と共感」というのが気持ちのいい会話だと思う。
物事の発生から、相手が分からない情報の提示をすると「いや知らんし」って思わせてしまって一気に興味を冷めさせる。さらに会話の論点からズレた返答をされた時の、腑に落ちない気持ち悪さったら左右を間違えて履いた靴みたいな、一瞬思考が戸惑う気持ち悪さがある。靴は履き直したらいいけれど、会話をなおして話すと、内容の温度が急激に冷めてしまうからそのまま流すほうを選択してしまう。結局共感できずに会話も落ちる事もないから話を変えてみるけど、また同じ事が繰り返される。

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人がそれぞれに「価値観の違い」を持っていて当然で、だからみんな距離感を大切にしながらコミュニケーションを取っている。もちろん距離感がないオープンな心を持った人もいる。色んな人がいて当たり前だ。だからこそ「みんな一緒」なんて考え方は存在しないし、それが当たり前だと思ってはいけない。それが分からない限り皆と一緒にはなれないと思う。
そんな当たり前の事が当たり前だと思ってない人もいる、という事を今日学んだ。