もちもちたいむびより

日々の出来事、思う事。

人生のマンネリ化を打開する方法

先日、子供を連れた友人とカフェにいた。ジュースにストローを挿すため、細い紙で出来た袋からストローを取り出そうとするのだけど、袋から上手く取り出せずに机には細切れになった紙袋の残骸が散らばった。

ストロー1本を紙の袋から取り出すのにもあんなにも一生懸命になるんだもんなぁと興味深く見ていた。ほんと子供ってずっと見てても飽きない。

 

子供は知識も知恵もこれから付けていく。見る景色全てが新しいからいつだって全力投球だ。大人になると見ている景色に変わり映えがしなくなってくる。自分の部屋、会社のデスク、いつものカフェ、好きな場所、好きな本・・・。

欲しい物は働いて貯めたお金を使えば自分で買えるようになった。手に入れた一瞬はとてもときめくけれど、子供の時のように夢中にはなれない。手に入れた一瞬も、何度も経験してしまったんだろう。何もかもがマンネリだ!と感じた時、簡単に変えられる方法があるのに気付いた。

 

自分の習慣の中のに少しだけ変化を加えてみる。例えば、ご飯を食べた後にお風呂に入っているのであれば、お風呂入ってからご飯を食べてみる。いつも青色の服を選ぶ所を、あえて選ばないオレンジ色を選んでみるとか。本が好きで好きな作者の本ばかり買っているけど、本屋に入って自分のすぐ隣の棚にあった店長のオススメ本を買ってみるとか。いつもとやっている事は変わらないんだけど、その中の「選択」を変えるだけでも劇的に体が「違和感」を覚える。違和感も刺激の一種だ。『今まで選択しなかった事=見えなかった景色=刺激』として感じられる。ただその刺激の結果、お風呂入ってからご飯食べたら体にめっちゃご飯のニオイが付くかもしれないし、オレンジ色の服は全然似合わないかも知れないし、店長のオススメ本はびっくりするくらい面白くなくて店長の顔を確認せずにはいられなくなるかも知れないけどね。

 

選択しなかった事を選択し続けると、今までやりたくなかった事も、ちょっとやってみようかなと思ったりするようになる。『やりたくなかった事=今まで選択しなかった事=見えなかった景色=刺激』という構図に頭がなってくる。

大人になっても出来ない物なんてたくさんある。苦手な物もたくさんある。見慣れた景色にいれば苦手な物に触れる機会もグッと減る。でも、苦手の中には何かの可能性はあふれてる。子供の頃、二重とびが出来なくて何度も何度も腕を振って足に縄を当てて、やっと出来たのが次に続かないような不恰好な着地の1回だったとしても、その達成感は嬉しかった。出来れば嬉しくなるもんだ。大人になってもそれは変わらない。

 

ひとまず簡単な所から違和感を作ってみよう。お弁当のカップをアルミからカラフルな紙に変えてみるのもよし。目に止まったCDを借りてみるのもよし。いつも乗る車両とズラしてみるのもよし。いつものメニューの横にある食べなれていないものを注文するのもよし。

目に止まったCDを借りるのって結構勇気がいる。習慣とは違う選択をするのって結構難しいよ。「あえて」の選択は大人の悪ふざけみたいなもんだと思って楽しめるようになりたい。