もちもちたいむびより

日々の出来事、思う事。

想いの具現化

この間、休みの日に出かけようと思ってたけど、天気予報が雨。外で行動をしたかったから都合悪いなぁと思ってあきらめてたけど、翌朝どう見ても晴れ。もう一度天気予報を見ると午後からは80%雨。ひとまず折り畳み傘はもって出かけたけど、絶対降らないだろっていうような快晴が続いた。用事も早く済んだので美容院に行く時間ができたので行ってみると「本日は5時半までで受付終了」の看板。時計はちょうど5時半。「今日は美容院に来るべき日じゃなかったという事にしよう」と、あきらめてもう一つの用事を繰り上げ、用事を済ませて家に帰った直後、大雨。美容院行ってたらコレアウトだったな、って思った。

 

最近頭の中で「こうしたいな」「ああしたいな」と軽く思った事に対して、相手が私の心を読んだように「こうしようか」と願いをかなえてくれたり、タイミング良いなって事がちょいちょいある。昔と何か思考が変わったかなと考えた時に、執着する割合が減ったのかも知れない。美容院に5時半について5時半終了というタイミングはふつうに考えると悪いと思う。でもそこに気持ちが全く入らずにすんなりと「あぁ、美容院は今日じゃないのね」って思えるようになった。感じ方の違いから、悪い物は心にためず、良いことだけを感じるようになった。

天気予報が雨なのに、実際には雲ひとつない晴れという現実に、歩きながら「ありがたいわぁ」「私のために晴れたんちゃう?」と何度も思った。あの日ほど晴れてほしいと思ってた日はなかったからだ。もし雨が降ってても「今日はそういう日か」とサラッと流してたと思う。

 

結果的に心の中に何か強い想いがあったとして、そうならなければそうならないでそれを受け入れる気持ちさえ出来ていれば苦しむ事は格段に少なくなる気がする。期待しないわけじゃないけど、変えられるものと変えられないものを判別が出来れば、変えられるものだけに期待すればいい。変えられないものに期待するから苦しくなる。

その変えられるものって、自分自身、しかないんだよね。変えられるものに期待が出来れば想いは確実に具現化する。だって自分自身の力だもん。それに気付いて期待が出来るか、できないかで悩んだりするけど、悩んでいる間は自分に期待が出来ている証拠だと思う。捨てたら終わり。捨てなければきっと何とかなる。