もちもちたいむびより

日々の出来事、思う事。

10年後、愛されていた事を知る

最近自分の過去を振り返り、自分の気持ちを探す事が増えていた。あの時の私はどう思っていたのか。何をしたかったのか。どれほどの自分を殺してきたのか。自分自身に辛い思いをさせていたという事に気付いてから、自分を縛っていた紐を緩めて1つ1つ丁寧に自己承認を行っていた。「もう大丈夫。完璧じゃなくていいよ」と自分を許した。

そういう事を繰り返していると、少しだけ私の周りの時間に変化が出てきている気がした。同じ時間を過ごしてくれる人達が、私が好きだなと思える人達ばかりになった。その時に「恋をしないとダメですね」と言われて、以前に立ち読みして面白いと思っていた恋愛論の本を買う事にした。買うきっかけには充分すぎる言葉だった。

 

「愛されて当然」と思うだけで、自分史上最高の彼がやってくる。

「愛されて当然」と思うだけで、自分史上最高の彼がやってくる。

 

 

1人でランチをしながら本を読む。その中に『「大切にされた瞬間」を思い出すほど許される』という項目があったので読みながら過去を振り返っていた。

 

私のはじめての彼氏は「何であんなに我慢して何年も付き合ったのだろうか、と正直よくわからず、本当にそれは愛とか恋とかだったのだろうか、とモヤモヤする思い出しかなかった。恋愛ってもっと嬉しくなったりトキめいたりワクワクしたりするものだと思っていた。

何度も怒られたり責められたして泣いた。仕事を自分でしている人だったから中々会えなかったけど文句1つ言わなかった。何度も怒られたけど、言い返した事は一度だけ。あまりにも言ってる事が理不尽で腹が立ったので思いっきり足元をすくってやった。当然大人しくなって機嫌を取りに来て、また腹が立った。腹が立ったけど、私が言い返したら絶対に勝つのが分かったし、もう言うのはやめようとその時思った。

彼氏と別れた後、友人から「お似合いだったから、別れないでほしかったな」と言われた。ずっと色んな事を我慢していた。それが一生続くと思ったらゾッとした。思い出には辛かった事ばかりが残った。

 

自分が今、幸せだなと思いながら日々を送っているから心に余裕が出たのだろうか。本を読みながら『本当につらい事ばかりだったのか』と思った。

私の作ったしおりに本気で喜んでくれたり、私が書いた物を全部読んでどれが好きだったのかを1つづつ付箋を貼って渡してくれたり、久しぶりに会ったら二人とも顔を見て思わずニヤけたけど、二人ともそれを絶対表立って出すのはプライドが許さなかった。本気で心配されて𠮟られた。

あの頃の私にはそれが窮屈だったし、言い返すすべも知らなくて、ひたすら我慢をするしかなかったけど、あれだけ本気でぶつかってくれてた人は他にはいない。

「愛されてた…」

自然にそう思えたその瞬間、涙が出そうになって慌てて気持ちを抑えつけた。この後仕事で外出する。こんな所で揺らぐわけにはいかない。

どれだけ抱きしめられて愛してると言われて体を重ねたとしても、私の心は何一つそれに答えられなかった。

愛せなかった。相手の事も、自分の事も。

 

今まで何度も「あれは恋愛だったのだろうか」と思った。恋愛だったのだ。ちゃんとした、愛のある、恋愛だった。それに気付くのに10年かかった。私が幼すぎて自分を出し切れなかった事を悔やむわけじゃない。後悔しているわけじゃない。ただ、10年必要だったのだ。愛されていたと理解するのに。

 

願わくば、次に愛する人が出来た時に、私はちゃんと答えたい。