もちもちたいむびより

日々の出来事、思う事。

人との価値観の違い

1人ならすぐに選択できるけど、誰かがいると選択できなくなる。それだけ私の意思は弱かった。人と違う選択をする事がおかしい、恥ずかしい事だと、誰に教えられた訳ではないのに、私は違う、と貫けなかった。

違う事を安易に見ていた。多数決ではないけど、それでその瞬間が早く進むならそれはそれでいいと思っていた事は確かだ。だけど、時々その前に読めてしまう事がある。それは良い結果を産まないのじゃないかと。その時だけが心残りだった。なんであの時に言わなかったのだろうという、思い出せないほどの小さな心残りの傷みだけが残っている。その気持ちが積もって、やっと、これじゃだめなんだ、と気付いた。

 

何が違うかったのか。私は何がしたかったのか。何に楽しいと思って、何に怒りを覚えるのか。その1つ1つが不明瞭で、明確化しなければいけないものだった。すぐに言語化できるほど素直じゃなく、それほど素直なら「その瞬間が早く進むなら」という考えにはきっとなっていない。積み重ねただけ、紐解かなければ。その忍耐力だけはついている。

 

人の優しさや心配をおろそかにするつもりはない。でも、自分の中の誓いを誇るなら、長い目で見て死ぬ気で走らないといけない時があったって良い。それは一瞬でしかないと私自身が思っている。「今」が大切なのだ。頑張りすぎているのかもしれない。けれど「今」乗り越えるなら、それくらいやらないと自分が満足できる場所に届かない。その方がずっと苦しい。人からのやさしさや心配で、惑わされる事はなくなった。その気持ちだけはありがたく受け取るけれど、私は止まりたくない。

 

少しだけ何かが変わりそうな日に、1年前の今日と同じ時の事を思い出してた。あの時、何を考えて歩いていたかは思い出せなかったけど、執念よりももっと強い、魂を破壊してでも自分を突き動かそうとしていた事は覚えてる。

今の私があるのは間違いなく、その時の私がいるからだ。あの時ほどの、むき出しのもろさはなくなったけど、水面下で動かしているのは同じ物だ。ある日突然、自分の中に産まれたもの。今の私を象るもの。形は変わり続け、この先もっと変わるだろう。だけど消える事だけはきっとない。

そういうモノがずっと自分の中にあったのに、ソレに気付かなかったから、人の意見に左右され、疑問は持ちつつ、なぁなぁにしてきた。でも産まれてしまった。私はきっともう、自分を守るためなら何かを失う事をためらわない。